あかちゃんこそ「先生」であり、人としての完全体

「先生」とは「先を生きる」人。未来を生きる人のこと。おとなよりこどもの方が「先生」であり、一番の「先生」は生まれたてのあかちゃんである。

生まれてから間もない数年の間が、人は最も人らしく、その後だんだんと人らしくなくなっていく。人に不可欠なものを手に入れることができずに成長し、その成長の過程で人に不要なものをたくさん手に入れていく。そしていつしか「おとな」という生き物になる。

私達おとなは、この先の未来を生きていく最も人らしい「先生」に対し、尊厳を以って接しなければならない。その為にはまず、私達「おとな」がいかに人として不完全な存在であるかを常に自覚する事だ。もし、人の完全体を目指すならば、誰をも否定せず、比較せず、評価せず、強制せず、抑制せず、放任せず、常に多様性を認め、常に自己を主張し、失敗を恐れず何事にも挑戦し、常に人に愛情を注ぎ、常に信頼する者の幸せに貢献したいと願い、そして常に行動し続ける事である。それが「こども」という生き物だと思う。私達はただ、私達にはもう見えないこどもの未来に貢献すればよいのであって、私達がおとなになってから思う教育など、そもそも施す立場ではないのではないだろうか。私達おとなは、先生と名乗る私達は、教えようとすればするほど、人の学ぶ力を、こどもらしさを、奪ってしまっているのかもしれない。おとななんだから、時々そうやって自分の在り方を見直すってことくらいはしなきゃ、と思いまして、明日からまた素敵な保育を、保育の高みを目指そうと思うのです。