保育者として親の育ちにどう関わるか

保育所に対する親のニーズ1位は「○○の為に預かってもらう」事である。実は「安全に」や「良く育つ」はニーズというよりは、あたり前に提供されるものという認識なのではないだろうか。

その証拠に、保育内容に関して深く関心を寄せて質問や意見をぶつけてくる親はほとんど居ない。信頼してくれている証でもあるのだろうが、時に保育者側からすると興味あるのかな?と不安になることすら少なくない。また、近年では「親自身の理解者」というニーズも増えてきているように感じる。

ところが、保育所で働く私達のニーズ1位はダントツで「こどもが良く育つこと」であり、そして同時に「安全に」である。実は現場ではこのどちらもあたり前にあるものではなく、全身全霊をかけて維持、向上させていくものである。あたり前のように「豊かな育ち」と「安全安心」を提供し続けるために、どれだけ毎日身を削り心を砕いているものか、もちょっと知って欲しいと思うのは保育者であれば誰しも思う事だろう。しかし一方で保育者は親のニーズをあまり重視していないのではないだろうか。親の良き理解者となる事に至っては、保育者の本業とすら思っていない実態すら薄っすらある。

これが保育者と保護者の間に在るズレ。

そして、どちらにも欠落しているのが、「親としての育ち」の重視である。親は預けて依存、保育者はこども専門。となってしまっていないだろうか?子育ての第一義的存在であり、こどもの育ちに最も影響力のある「親」という存在に対して、だれも本気で整えようとは思っていないのではないか、とふと思う。「親」の在り方は自由過ぎはしないだろうか?とも思う。自分も第一子が幼少期の頃は接し方など好き放題だったと大いに反省する。

自分の価値観や経験値で子育てや保育を行なうので、「愛」で満たすという絶対的な目的やその方法も意識しないまま、自分本位のまま思うがままに接する。愛でたい時に愛で、叱りたい時に叱り、教えたい事を覚えさせようとする。「育ち」とはなにかも知らないで。それにより私達大人は、次から次へとこどもの育ちの芽を知らず知らず摘んでいくのだ。大人とは、こどもという存在に対し、実に身勝手な生き物である。

「親」はどうやって育つものか?と考えてみる。「親」は間違いなく「こども」と共に過ごすことで「育つ」のである。「親」はこどもによって育てられるのだ。

保育所に預けている親には、こどもと離れている時間というものがある。その時間は一週間の5/7日であり、こどもが起きている7割以上の時間である。それだけの時間を「親」に代わって保育者がこどもの「育ち」を見守っているのである。こどもは、親に代わって保育者が専門的に見守ってくれるから、休むことなく「育つ」事ができるが、では「親」を育ててくれる存在はいったいどこに居るのだろうか。その役割はやはり保育所が担う必要があるのではなかろうか。しかし、親のニーズの中にそんな要望はないのである。保育者も同様か。大半は。

 

しかし私はその概念は風土づくりによって変えられると信じている。保育所に預けるという事は「こどもの育ち」と「親の育ち」両方を得るという認識(ニーズ)を生みだし定着させ、そして保育者も、この両者を提供するのが自分達の使命なのだと認識できるようにしたいと思うし、それはできると思っている。ただ、その為に親に何かを求めるという事ではない。まずは私達保育者の目的意識の芽生えが必要であり、そして意識を行動に反映させること、そこに私達は今向かっているのだと知ろう。

「育ち」に対して親と保育者が共通理解と協働を行なう事が、こどもの豊かな育ちに直結し大いなる成果をもたらす事は、経験を重ねた保育者なら誰しもわかっている事なのだから。

ウィズチャイルドでは「保育ドキュメンテーション(育ちの物語)」を活用してこどもの育ちを親に伝えるという取組みを重要視している。保育者の視点を写真により可視化し、コメントを添えて親に見てもらう事で、話すだけより、より深く育ちが伝わるというものである。これは保育者間の意識共有や観察の目を養う事にもつながり、更に保育を記憶ではなく記録として保管するツールにもなる為、ウィズチャイルドでは積極的に取り組んでいる。そしてこの取組みの最大の目的は「親の育ち」へ援助なのだという事を再認識しよう。だからお迎え時間は保護者の方に園内で少しゆっくりして行ってもらう環境づくりもまた欠かせないことなのだ。そういう一つ一つの工夫の積み重ねで風土は出来あがっていくのだと思う。

「親の育ち」を大切に大切に考えていこう。「育ちを伝える」という事にもっともっと比重を置いた保育を実践し、進化し続けていこう。

私達の仕事を「こどもが幸せに育つための原理原則をお伝えする」事だと定義したい。私達の専門性は形に見えにくいからこそ、「伝える」ことで成果として現れるのだから。